8/28/2009

歌手Coccoが拒食症、自傷など語る

ーミクシーニュース:トラバ

歌手Coccoが拒食症、自傷など語る

「折れてしまいそうな細い腕に残る、数え切れないほどの傷跡…。歌手Cocco(32)が、自分の自然な姿を収めた写真を公開。28日発売の月刊誌「papyrus(パピルス)」(幻冬舎)の表紙を飾る。
 97年に「強く儚い者たち」がヒット、98年にはアルバム「クムイウタ」が90万枚を売り上げながら、01年から音楽活動を一時休止。故郷沖縄の海からごみを一掃する運動や、絵本作家としても活動するなど幅広く才能を発揮してきた。素顔は謎めいた実力派が、同誌の特集で治療やカウンセリングを受けていることを語っている。
 1つは拒食症だ。一昨年の5月から食事がとれなくなり、全国ツアー中はチョコレートや黒糖でカロリーを補ったという。2つ目は自傷行為(セルフハーム)。一部ファンの間で彼女の「リストカット」の過去がうわさされていた。自分の肉体を傷つけるのは日常生活の一部のような行為だという。」

沖縄で、高校生の頃。彼女は同じ年代で。
あの当時。
国際通りをスキンヘッドで。
進学校の制服で歩く彼女は、結構、有名だった。

たまたま、学園祭で歌う彼女を見た。

あの頃から、鋭い眼光で。

あぁ。
このひとは芸術家なんだな。
と感じた。

月日は流れて、彼女はプロになって。
アルバムを聴くと。あふれんばかりの才能だった。

なぜ、芸術家肌の人は精神的に研ぎすまされていたり。
自傷行為を繰り返す人が多いのだろう。

脳と心は密接に繋がっているけれど。

彼女の音楽は、私の過去の一部分の思い出を彩っている。
久しぶりに聞いてみよう。

8/26/2009

La Perouse NSW

La Perouse, New South Wales

From Wikipedia, the free encyclopedia

La Perouse is a suburb in south-eastern Sydney, in the state of New South Wales, Australia. La Perouse is located about 14 kilometres south-east of the Sydney central business district, in the City of Randwick.

The La Perouse peninsula is the northern headland of Botany Bay. It is notable for its old military outpost at Bare Island and the Botany Bay National Park. Congwong Bay Beach, Little Congwong Beach, and the beach at Frenchmans Bay provide protected swimming areas in Botany Bay. La Perouse is one of few Sydney suburbs with a French title, another being Sans Souci. Kurnell is located opposite, on the southern headland of Botany Bay.

History

La Perouse was named after the French navigator Jean-François de Galaup, comte de La Pérouse (1741-88), who landed on the northern shore of Botany Bay west of Bare Island in January 1788. La Pérouse’s two ships sailed to New South Wales after some of his men had been attacked and killed in the Navigator Islands (Samoa). La Pérouse arrived off Botany Bay on 24 January just six days after Captain Arthur Phillip (1738-1814) had anchored just east of Bare Island, in H.M. Armed Tender Supply. On 26 January 1788, asArthur Phillip was moving the First Fleet around to Port Jackson after finding Botany Bay unsuitable for a Settlement, La Pérouse was sailing into Botany Bay,[1][2][3][4] anchoring there just eight days after the British had.

The British received La Pérouse courteously, and offered him any assistance he might need. The French were far better provisioned than the English were, and extended the same courtesy; but neither offer was accepted.[5] La Pérouse sent his journals and letters to Europe with a British ship, the Sirius. A scientist on the expedition, Father Receveur, died in February and was buried at what is now known as La Perouse. After building a longboat (to replace one lost in the attack in the Navigator Islands) and obtaining wood and water, the French departed for New Caledonia, Santa Cruz, the Solomons, and the Louisiades. He wrote in his journals that he expected to be back in France by December 1788, but the two ships vanished. Some of the mystery was solved in 1826 when items associated with the French ships were found on an island in the Santa Cruz group, with wreckage of the ships themselves discovered in 1964.

La Perouse Tower

The first building in the area was the round stone tower constructed in 1820-22 as accommodation for a small guard of soldiers stationed there to prevent smuggling, and the tower still stands today. By 1885, an Aboriginal reserve had been established in the suburb and a number of missions were operated in the area. The original church was dismantled and moved to the corner of Elaroo and Adina Avenues, where it still stands.

The Loop is the circular track that was built as part of the Sydney tram terminus at La Perouse. The last service ran in 1961. A kiosk was built here in 1896 to cater for tourists who came to see the attractions, including the snake-handling shows that still operate today. During the Great Depression, from the late 1920s, many severely affected low-income families took up residence here in settlements beside the Aboriginal reserve.

The small island just inside the heads was described by Captain James Cook as ‘a small bare island’. Bare Islandwas fortified in 1885 according to a design by colonial architect, James Barnet (1827-1904). In 1912 Bare Island became a retirement home for war veterans, which continued to operate until 1963 when it was handed over to the New South Wales Parks and Wildlife Service for use as a museum and tourist attraction. [6]

The Henry Head Battery is also located in La Perouse

Apart from Bare Island there are two other forts located in La Perouse. One of these is Fort Banks, located on Cape Banks. This facility was part of the Eastern Command Fixed Defences unit and was constructed for the purpose of defending the approaches to Botany Bay during the World War II period. The other fortification located in La Perouse is the Henry Head Battery and was also re-utilised during the Second World War. Its location is on Henry Head La Perouse.

- Info from Wikipedia


I went La Perouse last weekend. Feel so great, and I was falling love with this country's nature. Oceanic breed, beautiful scene, nice sunset... amazing...


ラ ペローズはオーストラリア ニューサウスウェルズ州のシドニーの南東部に位置するサバーブです。



先週行ってきました。

海風がすごくここちよかった。

訳と撮ってきた写真は、気が向いたら。。

アップデートするかも。かもかも。



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8/25/2009

Hand Made



- BALMAIN MARKET


最近、手作りものに心引かれる。

一つ一つ、手で作られた暖かみが。なんとも言えない味を出している。

子供の頃、あんなに手芸や紙粘土細工やビーズ細工が好きだったのに。
忙しさにかまかけて、そういったことに遠のいていた。

でもここ、シドニーはローカルマーケットにいくとたくさんの手作り品が売られている。

この前も教会でやっているバルメインマーケットで。
手編みの毛糸の帽子を編んでいるおばぁちゃんと長話しちゃった。
かわいらしかったな。あの二人組のおばぁちゃん。

Balmain market

Address
Address:
St Andrews Congregational Church, Daring st BALMAIN


Fool's World Map


- Info from - Fool's world Map

When I have a chance to chat with another country people, sometimes they think that China, Korea, Japan located at same country. Or expecting that we speak same languages.

Then, asking me,
" How many hours takes a drive to Shanghai to Tokyo?"

And telling me all Asian are looking same.

So, I answered
" Just 5 hours"

What can I else I could say?


たまに海外生活であることだけれど、違う国の人と話す場面で。
自分の常識を覆い隠すようなことを質問する人がいる。
中国や韓国と日本が一つの国だと思っていたり。同じ言語を使っていると思っていたり。

「日本から来たの。」と言ったら。
親近感のつもりか、タイ人のする、体の前で手を会わすお辞儀をされたり。
オーストラリアに滞在していると、少なからず戸惑う場面がある。

この前、
”上海から東京までって、車で何時間ぐらい?”
と聞かれてしまった。

内心。「うん?日本海を車で走れるのか?」
とつっこみを心の中で入れながら。
そういえば、この方は。
以前あった時は、アジア人はみんな同じ顔で見分けがつかないよ。と言っていたな〜。

なので。
”5時間ぐらいよ。”
と言って。
微笑んでおいた。

どうしろちゅうねん。
なにを言わせたいねん。

8/24/2009

Japanese geek's normal working room


Yes, Japan have high technology. We love neat electric gadget.

Everyone have own computer room like this, will you believe this?


う〜ん。
かっこいい。

スターウォーズは基本ですな。

Laugh is important

This is an interesting article about American Employee.
I was laughing so much.


【米国】従業員から受けた奇妙な苦情
http://news.qwe.jp/dqnplus/1251036099

従業員から受けた奇妙な苦情とは - 米オンライン求人サイト「CareerBuilder.com」が全米の
管理職従業員を対象に行ったユニークな調査の結果が公表された。

調査は、CareerBuilderの委託のもと、米調査会社のHarris Interactiveが実施。2009年5月22日から
6月10日にかけて、18歳以上の全米の管理職や人事に携わる被雇用の労働者2,667人を対象に
行われた。

その結果、挙げられたものには、理解しがたい従業員の行動に対
する苦情から、理屈不明な
不満、超個人的な都合にあたるものまで、多数の例が並んだ。そんな中でも、同サイトによる
選りすぐりの「従業員から受けた奇妙な苦情20」は以下のとおり。

日焼けしすぎの従業員がいる
髪が多すぎる従業員がいる
いつも上等なクッキーを食べている従業員がいる
礼儀正しすぎる従業員がいるが、見ていてイライラする
同僚が売春の斡旋をしていると疑っている従業員がいる
自分を毒殺しようとしている従業員がいる
身体が磁気を帯びている従業員がいて、自分の磁気入室カードが反応しなくなっている
連邦政府の増税に個人的に責任がある従業員がいる
会社が休憩時間の間の昼寝場所を用意しないので怒っている従業員がいる
勤務中スリッパか靴下しか履かない従業員がいる
悪いオーラを放っている従業員がいる
道路ランプのような臭いがする従業員がいる
呼吸がうるさい従業員がいる
ダニがいないかどうか同僚をチェックしたがる従業員がいる
仕事のために朝8時に起床するのは早すぎる
仕事にパジャマで来た従業員がいた
休暇中でもないのに、鈴付きの靴を履いた従業員がいる
Bambiにとても似ている従業員がいる
ビルの周りの野良ネコを捕獲するのにあまりに多くの時間を費やす従業員がいる
男性用トイレが散らかっているので女性用トイレを使用している男性従業員がいる



Info source - journal.mycom.co.jp

8/22/2009

iPhone Case Japanese Lacquer 2


〜from page
「Mobile phone is indeed the INROU of modern Japan」
SoftBank SELECTION "JAPAN TEXTURE" series show you Japanese traditional aesthetic sense and high technology.
This time introduce 5 generals of warring States period's aesthetic sense.
featuring with high traditional skill of lacquer, come with original case.
~
Oda Nobunaga
Date Masamune
Uesugi Kenshin
Naoe Kanetsugu
Sanada Yukimura

I like the Oda Nobunaga ver.



~from page
「携帯電話は、 まさに現代の印籠です」
SoftBank SELECTION "JAPAN TEXTURE"シリーズは、日本伝統の美意識と、高度情報機器である携帯電話の融合をテーマに、新しい価値観の商品提案を続けてきました。今回は、魅力あふれる五人の戦国武将の美意識をデザインテーマに、高い日本の伝統技術を活かした「漆」とオリジナルの専用袋を提案します。
~ 

織田信長
伊達政宗
上杉謙信
直江兼続
真田幸村

わたしは、もちろん織田信長バージョンで。「鳴かぬなら鳴かせてみせようほととぎす」。男っぷりがかっこいいし。
年を重ねれば、また好みもかわると思うけれど。

iPhone Case Japanese Lacquer




Japanese mobile phone Company Softbank feature iPhone Case, made by hand each with Japanese Lacquer. This is just one, so fabulous. JAPAN TEXTURE for iPhone 3G



日本の携帯電話会社ソフトバンクから伝統漆工芸「平蒔絵(ひらまきえ)」の技法で作られたiPhone 3G用のケースが発売されています。JAPAN TEXTURE for iPhone 3G
この漆工芸の美しさ。ほしいです。

Okinawan Battle WW2



(過去記事)
慰霊の日。
6月23日には、今年は糸満に行った。

子供の頃から、毎年、どこかの慰霊の塔には行っていたが。

その前日に、海軍司令部壕や平和記念資料館に他人を案内していて。

大学時代に、スタディガイドとして幾度となく内地(日本本土)からくる高校生の修学旅行団を案内していたのを思い出した。
アブチラガマや、轟壕。 読谷など。

学べば学ぶほど。 知識を掘り下げれば掘り下げるほど。 沖縄戦について知るのは苦しくなっていく。

だって。私自身が沖縄人だから。
父母は3歳で終戦を迎え、まだ幼子だったというのに、戦争の記憶がある。
父は神風特攻隊がアメリカの軍艦に突撃する光景を覚えているという。
沖縄本島、北部。
山頂近くの防空壕の入り口から2歳の赤子が見た光景を65年経っても忘れることはない。
母は、中部の泥道を。
敵機の光の中。
暗闇から暗闇へと夜間、曾祖母の背に背負われて、逃げ惑った記憶。


ゼミで、ひめゆり資料館を回ったときは。
「このひと、あなたにそっくりね。」 と友達に言われるほど、私と似た面影の少女達の遺影。

政治的に。 外交的にも。
パワーバランスとしての自衛権、軍事力は必要かもしれない。

だが。 戦争が弱者から先に抹殺していくことは歴史で証明ずみのはず。
人間の本能として、他者と自己の差別化、そこからくる敵対心は、本当になくせないものだろうか。

’善人であれ’とどの宗教も教えているはず。

ではなぜ、その宗教や思想が戦争を生み出すのか。

人のエゴや欲望は限りがないものなのか。

ここまで世界人口が飽和状態まで増加していて。
環境も汚染がとまらず。

戦争は、必要悪なのか。
地球環境保全のために人類数の調整には。

日本人である前に。
沖縄人として、過去におこったこの戦争の歴史の記憶を忘れてはいけないと思う。


China visit

(過去記事)
2005年の年末、中国を香港中心に滞在していました。
本当に経済成長を肌で感じるいきおいとパワーがありました。
その時に利用したサイトです。


http://www.chainavi.jp/ ちゃいなび
ここは、フリーの情報誌を出していて、香港や上海などの日本書店・レストランなどで手に入れることができます。


http://news.searchina.ne.jp/ 中国情報局ニュース


結構細かい路地まで乗っています。 モンコックにいくときに利用しました。 女人街は何度もいきましたが、あの人の多さと商品のあふれんばかりのさまは、疲れる。 東京の上野のアメ横を10倍ぐらいにした大きさぐらいかな。

http://www.tabicom.com/macau/ マカオ観光局 行ってきました!ギャンブル。負けてきましたが。 大小という、さいころの目を当てるものなのですが。 本当に、運だけのものなのに。。。 ギャンブル運はないのかも。

http://www.shenzhentour.com/japan/about/a_index.htm シンセンの情報。あの当時はまだまだ高度成長期という感じで。日本語と英語での、情報がなかったですね。 だけれど、 エステがとても安かった!!500円とかでフルコースができちゃうんです。 ネイルも安いのは300円から。 中国って。。。。 本当に人権費がないんですよね。。。

Seesaa


(過去記事)
今日の朝刊で。 沖縄のシーサーとエジプトのスフィンクスにはつながりがあるという記事があった。 スフィンクスは王の魂をまもっていて。 シーサーは家を守っている。 中国にも東南アジアにも、シーサーぽいものがあった。 とても、ながーく、うすーい、関係性だが。 なんだか雄大な歴史の流れを感じさせる。 沖縄の文化は、今は日本だけれど、たしかに、琉球王国時代は中国の影響を色濃くうけている。 今でも、沖縄のお墓に中国名を表記するのは、昔の士族階級や家系図からの引用だけではないはず。 海外にでて、とくに中国や韓国の人と話す機会があると。 かれらが沖縄のことをあまりしらなく、ましてや、日本の歴史も知らない。(侵略のこと以外)日本人として、私に質問してくるときがある。 琉球王国で独立国であったこと。 歴史の流れのなかで日本に組み込まれたこと。 今の現状、特に基地依存体質の経済。 地理的・政治学的に、今の現状があるのだけれど。 自分の足元の文化・歴史をもっともっと理解した上で、相手の質問に答えられるようになりたいな。 写真は貝殻シーサーです。 授産施設で製作販売しています。 私も、自分で土をこねて、myシーサーを造りたいな。。。 オリジナルで魂をまもってくれるなんて。。。 なんか、いい。

Umi Bdou

(過去記事)
沖縄にいた頃、ネットで海ぶどうの販売をしていた。 1kgあたり3000円で。あの当時、まだ沖縄食ブームの前半だった。商品は価格的には安いのだが。
やはり、大手とは販売網が違って、売れ伸び悩んだことがある。スモールビジネスって、日々、自己反省と自助努力だよね。